2013/03/04

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「唐突に走り出す」

などの、急激な運動をすると、口の中が鉄の味わいになります。
鉄の味わいが口の中に広がると、私は小学校の持久走を思い出します。

校庭には一周200メートルのトラックがあって、
最後の角を曲がるところに、背の高い鉄棒と砂場がありました。
砂場は砂遊びする為のものではなく、
高い鉄棒から着地したときの衝撃を吸収するのものであったかと、
記憶しています。

そんな砂場を通りかかる度に、
体力が無かった私は、そこに倒れこむ自分の姿を妄想していました。

ざっ、ざっ、はぁ、はぁ、
ざっ、ざっ、はぁ、はぁ、
白い空の下で半袖半ズボン、
白い湯気を吐いて酸素酸素と口を開けて
寒さで耳と脳味噌がキンキンになって、
目線の先にはあの砂場、
あの角を曲がれば砂場、と、それだけを考えていて、
口の中は鉄の味。

のしかかる重力。
反発する脚力。
地面を蹴って、大気を背負う。
一瞬、重力がなくなって、無重力。
目の前が空だけになって、地面を背負って、倒れていた。
クラスのみんなが、
みんな、駆け寄って来る、
みんな、心配する、心配、心配、軽蔑する。
みんなは、何で倒れないんだろう。
ほら、僕は倒れたよ。
みんなも倒れなよ、倒れなよ、倒れろよ。
担架に乗って、保健室に運ばれて、それから、それから。

結局、その砂場に倒れたことは、一度もありませんでいた。
いつも我慢して走りきってしまいました。
一度ぐらい倒れておけば良かったと悔やんでも悔やみきれません
処理されなかった願望と妄想だけが残ってしまいました。
人前での正しい倒れ方が、未だに分かりません。
そういうわけで、自分は今、道端に倒れているのです。

「道端に倒れる」