2015/04/01

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『ブヒ』

 寝ると豚になる、という呪いをかけられた子供が睡魔と闘っている。睡魔はフォークとナイフを持って襲いかかってくるので、子供には塩と胡椒しか残っていない。上のベッドで眠った兄は既に牛肉になっていて、下のベッドで眠った妹は既に鶏肉になっている。兄妹たちの変わり果てた姿を見て子供は意識の三分の二を失う。兄と妹は能動的に発泡スチロールの箱に入り出荷されるのを待っている。牛肉になった兄の将来の夢は「オラは都会さ出てローストビーフになって一旗揚げるぞ!」ということになり、鶏肉になった妹の将来の夢は「アタシは銀座で串刺しにされて炭火で焼かれたいわ!」ということになる。白河夜船、未だに睡魔と闘っている子供は、兄に胡椒を振り掛け、妹には塩を振り掛ける。そこへ作業着を着た羊がやってきて来て兄と妹をダクトに放り投げる。兄と妹は、ここではない場所へと吸い込まれて行った。兄と妹に先を越されてしまった。子供だけが取り残されてしまった。子供は何故抵抗しているのか分からなくなって、泣きだした。未だに睡魔と闘っている子供は、兄と妹に先を越されて、惨めで、息ができなくなるくらい泣いて、冷蔵庫から卵を1ダース取り出して、割って、自身の身体に塗りたくり、それから、パンを粉々に砕いて、砕かれたものを自分の身体にまぶしていく。自分は行き遅れ、生き恥を晒しているのだと、泣きながら、嫉妬と屈辱と油の煮えたぎる鍋の前で、卵とパン粉に覆われた身体は、息を止めて、呪文を唱えるのだが、周りには「ブヒブヒブヒ」としか聴こえなかった。